クリニックを開院したのは2021年6月のことで、その5年ほど前に開業を考え始めました。病理診断学の研鑽を積んだ後、大学病院などで幅広く皮膚科の知識と技術を身につけてきましたが、50歳を目前に“第2の人生”を思い描いたのです。一般的には開業するタイミングとしては遅く、資金の融資を受けようとするとギリギリの年齢といえます。大学病院での仕事はおもしろいものでしたが、体力面や今後のキャリアを考えて自ら引退時期を決め、次へ踏み出すことにしました。
もう一つ背景にあったのは、大学病院からの逆紹介がなかなか進まないという問題でした。治療を終えた患者さんを地域のクリニックへ送り出そうとしても、信頼できる医療機関が少なかったのです。近くに信頼できる開業医がいれば…という思いから、自ら大学病院のほど近くにクリニックを開院しました。
阿部建設を知ったきっかけはプライベートなつながりからですが、依頼した決め手は、車いすユーザーである阿部社長をテレビのドキュメンタリーで観たことです。富士山登頂に挑戦する姿を描いた番組で、そのチャレンジ精神とバイタリティーに強い印象を受けました。3回目の挑戦に至るまでに手こぎの車いすをつくっており、そのアイデア・発想力も魅力でしたね。そして何より、車いすで富士山を登ろうという発想が素敵です。番組を観たのは10年以上も前ですが、思ったのです。「もしもいつか自分が開業することがあれば、この人にお願いしよう」と。
クリニックの建築に当たっては、阿部建設の施設建築のホームページに掲載されていた教会の施工写真を目にして、このイメージを取り入れてほしいと希望しました。木の温もりに包まれた空間で、バリアフリーにも配慮された建物です。 当クリニックがある地域の皮膚科医院は、1階が駐車場、2階で診察という構造が多く、高齢者や車いすユーザーの方などは上層階までなかなかたどりつけないと聞いていました。下層階でも数段のステップがあって上りづらく、スロープが設けてあっても遠回りするので時間がかかります。そのため、開院するクリニックは1階で受診できるバリアフリー施設にしようと決めていました。
完成したクリニックは、高い天井と大きな開口部があり、天井や壁に木が用いられています。患者さんに「きれいだねぇ」とおっしゃっていただいています。
バリアフリーで段差がないのはもちろん、多目的トイレもバリアフリーの視点が活きているなと感じますね。広さを確保したので、車いすがくるっと方向転換でき、介助者も一緒に入れます。手すりは便器や洗面台の近くに設置され、便器周りの手すりは必要に応じて上げ下げも可能です。
雨の日のことも考慮して、車寄せは大きく張り出した造りですから、送り迎えの折もあまり濡れずに出入りすることができます。
開院がコロナ禍だったこともあり、感染症対策にも力を入れましたね。阿部社長と話し合いを重ねたのは、クリニック内の“動線”でした。患者さんとスタッフそれぞれの動きを検証して、その2つの動線が診察室以外で交わらないようなレイアウトを考えたのです。また、発熱した患者さんが事前連絡なく来院された場合に備え、美容部門のスペースを待ち合いの個室としても使えるような配置にしています。検尿の場合も、トイレに小さな窓を設け、スタッフがトイレに足を運ぶことなく、窓の反対側から検尿容器を取り出せるような仕組みにしました。
さらに、阿部建設からの提案で取り入れたのが、床下暖房(※)です。通常の壁掛けエアコンとは異なり、足元から暖まり、その温もりが続くので、快適さを実感しています。患者さんも過ごしやすいと思いますね。
開院以来、おかげさまで多くの患者さんに来てもらっています。常に、地域のクリニックと大学病院の間に位置するくらいの“医療の質”をいかに担保し続けていくかを考えています。自分自身が学ぶことを怠らないよう、またクリニック内でも勉強会を定期的に実施しています。そうした熱意ある良い看護師やスタッフに恵まれて、運営できていると感じますね。
今後も、地域に根ざし、大学病院と連携しつつ、患者さんに信頼されるクリニックでありたい。特に得意分野であるアトピー性皮膚炎は、次々に出てくる新しい薬に対応しながら、最先端の質の高い医療を提供していきたいと考えています。人生100年時代、この先もそうした医療を長く続けていきたいですね。
※冷暖房システム「パッシブ冷暖」の暖房機能を採用。一般的なエアコンを使い、断熱ダクトを介して床下空間へ気流を送ることで建物全体を暖房する、省エネ性にも優れた仕組みです。